ホリデイ・トレッキング・クラブ




2012夏 ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ






2012.07.01

開幕まであとひと月


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街頭募金

 FKキッズ交流キャンプ開催までいよいよあとひと月ほどになりました。7月29日に福島の子どもたちを迎えますが、実はそのメンバーがまだ確定していません。金沢ではこれが初めての企画であまり知られていないこともあるでしょうし、福島はやはりとても遠い気がします。3週間という長期の日程に参加するためにはいくつもの条件をクリアーしなければならないのかもしれません。それでも実行委員会のスタッフ一同、受け入れる準備を着々と進めています。

 昨日6月30日は、金沢の繁華街、香林坊で四回目の街頭募金をしました。土曜日とあって若者や観光客、買い物の女性たちで通りはあふれ、大声で募金を呼びかけました。この募金活動は応援してくれる市議のみなさんの発案で始まったものです。この日も数人の方がいっしょに並び、交替で拡声器も使い、二時間半休まずにがんばりました。中でも市議のお孫さんにあたる小学生の女の子が大活躍。水筒を肩から下げて、元気に声を上げていました。まだ見ぬ福島の子どもたちにも、この日のことを伝えてやろうと思います。ほかにも後援の金沢森林組合からも元気いっぱいの若者2人が参加。大勢で立つと、なんとなく楽しいもんですね。

 この時間に集まった金額は75,000円を越えました。金沢市民のあったかな思いやりで実現するキャンプです。来週また同じ場所に立つ予定です。見かけた折にはぜひ声をかけてくださいね。もちろん募金も(笑)。どうぞよろしくお願いします。





2012.07.01

第2回スタッフミーティングに寄せて


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 40人の子どもたちを集めて3週間ものキャンプをするなんて、それもはじめはわずか6人が集まっただけで、「よし、やろう」ということになりましたが、はたしてどうなりますことやら。いしかわ自然学校のインストラクター有志で結成した実行委員会ですが、こんなに大きなスケールの企画はだれひとり経験がありません。まったくなにもかもが初めてのことばかり。一生懸命取り組んでいる割にはなかなか形が見えて来ないもどかしさを感じながら、それでも少しずつ環が広がり、説明会を兼ねた2回目のスタッフミーティングを7月6日に開くことにしました。関心のある方なら、どなたでも参加できます。ひとりひとりの力は小さくても、それぞれの個性をていねいに組み合わせれば、この石川にしかない夢いっぱいのFKキッズ交流キャンプが実現することと思います。どうぞお気軽にお集りください。大学生の参加も呼びかけていますが、いまいち反応がありません。お〜い、若人諸君!子どもたちといっしょに未来に向って大行進しようぜ!エネルギッシュなその息吹きを吹き込んでください!

 写真は、第一次会場となる金沢・医王の里オートキャンプ場です。木道が森の中を縫うように張り巡らされ、バンガローへも続きます。緑に包まれた子どもたちの笑顔を想像すると、思わずニッコリ微笑んでしまいます。


第2回スタッフミーティング

日時 7月6日午後7時〜9時
会場 金沢森林組合




2012.07.30

FKキッズ交流キャンプ開幕


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 いよいよ初めてのキャンプが開幕しました。ここまで数多くのみなさんのご協力があったおかげです。はじめはちょっぴりおとなしかった子どもたちでしたが、すごいもんですね。医王の森の中でいきなり友達になってしまうんですから。一時間もしないうちに名前を呼び合い、飛び回っています。わざわざ狭いデッキに限定しての色鬼、セミの抜け殻ごっこなどオリジナルな遊びのオンパレードに、はち切れるばかりの笑顔の連続です。

 初日の圧巻は、郡山から参加してくれた唯一のふくしまキッズユウスケを迎えた場面でした。午後7時ごろ、車を降りた瞬間、キャンプ会場の影からみんなで一斉に楽器ならぬトングやバケツを打ち鳴らしての行進を開始、ユウスケをぐるりと取り囲んでの思いつきセレモニーでした。「ようこそ、ユウスケ!」のあとはユウカがいきなりクイズでごあいさつ(笑)。自然に包まれたキャンプってなんでこんなに開放的な気分になれるんでしょうか。こんな感じで過ごす2週間あまりが過ぎたころ、いったいどんな仲間になってるものか、まったく想像がつきません。ほんと楽しみです。








2012.08.23

ますやんの悪童日記(1)

能登島へ移動

 今年初めての「ふくしま・かなざわキッズ交流キャンプ」をまとめる日記になんでわざわざ「悪童」なんてタイトルを付ける気になったんでしょうか。参加した子どもたちが悪童というわけでは決してありませんが、とても相応しい気がしています。たぶん、何回かに分けてこれを書こうとしているぼく自身がかつては悪ガキで、だからこそ書きながら、共に過ごした子どもたちの心の中に今からでも少しずつ近づいて行きたいと思っているようです。悪童とは、ぼく自身のことです。

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 二つ目のキャンプ会場となった能登島は七尾湾に静かに浮かんでいます。と言いたいところですが、実際には着いたその日(8月7日)は海からの風が強く、夜半には寒いくらいの気候でした。テントを張り終え、さっそく海に飛び出した子どもたちは体が揺れる波に翻弄されながら、岩に体をぶつけたりしながらきっと軽い怪我もしたことでしょうか。ここから始まる一週間の野外生活がどんなものになるのか、ゆっくり想像するゆとりもありませんでしたが、なんとなく先が思い遣られるなあと思ったものでした。キャンプそのものは、たぶん成功したんだと思います。毎日のように喧嘩して、そうかと思えばなんとなくまた遊び出し、ちょっとよそ見をしていたらまた喧嘩...。ほんとに勝手気ままな子が多くて、今どきの子ってこんなもんなんでしょうかと、手を焼かれっ放しのこのジジイは思ったのでした(苦笑)。



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 このキャンプの目的はふたつです。ひとつは福島の子どもたちの元気と笑顔を応援すること、あとひとつは地元石川の子どもたちと未来まで続くような友達になってもらうチャンスにすること。結論から言うと、きっと叶ったことと思います。たかだか17日間のキャンプでしたが、参加人数が予定よりうんと少なかったおかげで、毎日同じ顔ぶれで、同じ場所で、おんなじような生活をしたんですから、交流の深まらないはずがありません。最後の夜、みんなで輪になってひと言ずつ感想を言い合いました。郡山から参加したユースケの言葉が忘れられません。「ぼくは一人っ子なので、リョースケとしょっちゅう喧嘩できてうれしかったです。明日っから、さびしい...」。事あるごとに大声で歌い、目の前の海や森を飛び回り、いっぱい食べて、喧嘩して、きっとぐっすりと眠り、すごい夏休みだったことと思います。宿題、大丈夫かなあ...いまごろ鉢巻きしてがんばってるかな(苦笑)

新しいホームページを作りながら、改めて夏の日記を読み直しています。このまま掲載するより書き直したい気持ちもありますが、あくまでも記録としてそのままにしました。このキャンプをあと何年継続できるでしょうか。当のメンバーでさえ先が見えません。でも支えようとする輪は確実に広がっています。福島と石川、さらには東北と北陸、日本全国と新しい関係が生まれるのではと夢見ています。(2013.02.05記)


2012.08.23

ますやんの悪童日記(2)

子どもたちと青年と

 キャンプ生活は初めてという子どもたちが大半だったようですが、四六時中いっしょに過ごしてくれる青年たち(なぜか自然体験活動の分野ではリーダーと呼んでいます)の存在はだからとても大きなものでした。遊んでくれるちょっと年上のお姉さんお兄さんというだけでなく、毎晩遅くまで話し合ったミーティングの話題は子どもたちの様子が中心で、リーダーからの報告や思いは欠かせない貴重な情報になりました。

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 そう言えば、子どものころ近所に大好きなお兄ちゃんと大っ嫌いなお兄ちゃんがいました。子どもながらにそれを嗅ぎ分けることができたんです。大好きな方は遊んでくれたというより、いろんなことを教えてくれました。もちろん遊びのことばかりですが、お兄ちゃんみたいに早く大きくなりたいなあと思ったのをよく覚えています。大っ嫌いな方は単純に意地悪で、後に少年院にも入った恐いあんちゃんでしたが、なぜか幼心にも対抗意識が芽生えていました。こっちも負けずに意地悪したりして(すぐに逃げるんですが、笑)。とにかく、どんな人でもちょっと年上の青年の影響力たるや、絶大なものがありそうです。



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 キャンプの間中、子どもたちといっしょにいようという強者は結局はだれもいませんでした。だれもがみんな忙しい世の中の一員ですから仕方ないことです。でも、何度でも会う、ということなら可能性はありそうですね。実際このキャンプを終えて、もう一度やれるかというと、すぐにもちろんとは言えないほど大変でしたが、だれが開催するというより、とにかくだれかが開催すればいいのではと思ったりもします。子どもたちと青年のために、やっぱりジジイが声を上げるしかないのかなあ(苦笑)

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2012.08.23

ますやんの悪童日記(3)

少年と海

 海は広いな、大きいなあ、行ってみたいな、よその国...なんてときどき口ずさんでしまうのは、遠い水平線の向こうにどんな国があるのか知りたいと思った子どものころを思い出すからでしょうか。海が目の前に広がる能登島の勝尾崎キャンプ場でも、ときどきひとりになると歌いました。そんな海で遊ぶ子らの姿は、本当にまぶしいばかり。中でも男の子と海は、とっても絵になりました。ちょっぴり内気なタイチが銛を手にしてひとり海に出てゆくのを発見したとき、なんだかうれしくてジーンと来ました。一回ぐらい言っただけでは決して動かない腰の重いリョースケなのに、軽快に磯を動き回る姿なら何度も見かけました。子どもたちが見つめた水平線の向こうには、どんな世界が広がっていたんでしょうか。そうですよね、男子ばかりではありませんでした。中2のサクラは笑顔が素敵なとっても優しい女の子でしたが、海へのダイビングだけは男も真っ青になる豪快さ。楽しい!を連発しながら、いろんなポーズに挑戦していました。煽られてこのジジイまでシンクロダイブ(笑)。いくつになっても海に来るとまさに裸ん坊になれますね。

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2012.08.23

ますやんの悪童日記(4)

いわきから来た少女たち

 はじめは3週間ぶっ続けのキャンプとして告知しましたが、あまりに長期だったせいか福島からの参加申し込みはさっぱりありませんでした。もちろん放射能から少しでも長く離れてもらおうとの思いからでしたが、参加者がいなくてはお話になりません。福島の実情を知らないで勝手な善意を押し付けていたとしたら、いったいなんのための保養プログラムでしょうか。一度は開催を諦めかけたその時、ユースケから申し込みがあり、それではと参加の条件を大幅に緩めました。最後にはいつでもどうぞという具合で、そんなこんなでいわき市からも4人の女の子たちを迎えることができました。ハルちゃん、ワーちゃん、ナナちゃん、ナリの面々です。参加日数は、医王の里での8月2日から6日までの5日間ばかり。でも不思議なもんですね。友達なんてふれあう長さで決まるわけじゃないことぐらい、この年になるとよくわかりますが、この四人組との出会いでもそのことがはっきりとわかりました。それぞれの思い出をしっかり作って行ってくれたことも後になって知り、このジジイにとっても忘れられない子たちになりました。

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ある日、気になってたことを4人に聞いてみました。「ユースケってとってもにぎやかなんだけど、福島の男の子ってみんなあんな感じ?」半ば冗談のつもりでしたが、返ってきた言葉は意外や意外、「そうよ、みんなあんな感じ」でした。あぜん...。「だったらあんまり好みの男の子っていないんじゃない?」「そうでもないよ、いるよ」(失礼しました)。で、そのユースケと来たら普段は言いたい放題のやり放題なのに、4人組の前では妙にかしこまってたりして、なんだかこのジジイに似て憎めないやつ(爆)。






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 ところでいわき市とかユースケの郡山、それにあかりの福島市っていったいどんなところなんでしょうか。遠い所からよくぞやって来てくれたものです。今度はこちらから訪ねてみたい気がします。

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2012.08.23

ますやんの悪童日記(5)

たき火

 火おもちゃしてると寝小便するぞ、と子どもの頃よく言われたもんですが、それほどまでに火は子どもにとっても魅力的だということでしょうか。能登島では直火が可能だったので、子どもたちは暇さえあればたき火をしては、釣った小魚やサザエを焼いていました。最後の写真などは、夜明けの時間帯です。美しい海に気づくこともなく、または気づいていてもなんてこともないのか、とにかくサザエに集中していたふたりです。まるで海の男に見えますね(笑)。

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2012.08.24

ますやんの悪童日記(6)

自由とは(医王の里編)

 キャンプに関わったスタッフの間では今、これからの展開を踏まえた感想や反省点を盛んにやりとりしています。その中にひとつ、ぼくにはとっても興味深い指摘がありました。「交流という割にはただ漫然と遊んでいる印象を受けました。もっと魅力的なプログラムを通して学び合えるもの、達成感のあるものを準備した方がいいのでは」というものです。まさに今回のキャンプはその逆を行っているものでした。

 学びとは、用意されたものでしょうか。達成感とは、だれが達成して感じることなんでしょうか。多分ですが、その道の達人をお迎えしてのプロフェッショナルなプログラムが目白押しのキャンプなら、それなりに実りあるものになると思いますが、それでも参加する子どもたち全員にそれが合うとは限りません。学びも達成感も充実感も、そんな類いのものは本来は自由に生きた人生の中にこそあるのではと、この年になって思うようになりました。誰かからプレゼントしてもらうものではないのです。

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 では自由とは、いったいどんな状態を指して言うのでしょうか。なにもかもプロや公的な専門機関に委ねて暮らしている日本の現代社会で、果たして自由なんてあるんでしょうか。病気でもないのに病院でお産をし、より良い人生をと相変わらず学歴を重要視し、就職に失敗したからといって死を選ぶ。働くことは食べて生きていくためでもあり、何かを達成することかも知れませんが、果たしてそれだけでしょうか。老いて病んで、他人に自らの命を委ね、お棺に入るのも専門業者にお任せ...。それであなたは、自由ですか?

 というような話を、本来はこのキャンプに参加した子どもたちと話し合ってみたかったんですが、そんなうざい話は見向きもされないのがおちです。だから、まずは弄ぶほどの自由を保障しようと企てたわけです。何事も経験しなければ。全くの自由などというものは、ぼくたちにもよくわかりませんが、少なくとも何をしていいのかも分からない現代の子どもたちにとって、自由に使える時間を体験することはとても貴重だと思います。

 旨い具合に、17日間の全日程を参加した郡山のユースケはとても活発な子でした。地元石川のリョースケ、タイチとまるで三人兄弟のようにして毎日適当に(笑)過ごしていました。スタッフから持ち込まれたトランプさえ必要なかったかもしれません。遊びさえ用意されていない環境で、みんな思い思いに遊んでいました。遊びって、新たに生まれるもののようです。この創造性こそ、自由がもたらすものではないでしょうか。なんでもかんでも用意され、してもらうことが当たり前の世の中になってしまいました。用意する側の気持ちなどちっとも考えない、自分勝手な人間がそこここにいるような気がしてなりません。そんなことを、遊んではめを外して叱られて、少しでも体験できたのであれば、このキャンプは大成功です。




 たとえ単なる漫然とした遊びでも、それをするためには学ばなければならないこともあります。そのとき初めて自分から学ぼうとしませんか? どんな簡単なことでも自分の力で出来たなら、そのとき達成感という喜びを感じるかもしれません。押しつけは、学校や社会だけで沢山です。もしもFKキッズ交流キャンプが今後も続くなら、実行委員会で話し合ったこの総意だけは変わらずに残っていてほしいものです。

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 地元から参加した中にひとり、病的なまでに我がままな子がいました。そこから子どもたちに広がる影響はとても大きなものでした。なんであいつだけが、という感じて当たり前の言い分が何度も返ってきました。要するに、子どもたちのそれぞれの我がままが湧き返るキャンプになってしまったのです。

 スタッフ全員、子どもたちと過ごす専門家では決してありません。知識も経験も乏しい中で、だから真剣に向き合わざるを得ませんでした。おそらく、参加した子どもたちもみんな、真剣になり始めたんだと思います。思い出すと真剣に遊び、真剣に怠け、真剣に喧嘩していたような気がします。

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 最も我がままだったそのひとりの子に向き合うのは、真剣になればなるほどとても疲れました。言ってわかるならまだよし、何度でも言いますが、言っても言ってもわからない子もいるんです。だからと言って、参加者の誰にも自由を保障するという大前提を崩す訳には行きません。スタッフの葛藤は、ほぼ毎日のように繰り返されました。少なくとも、「家に帰る」と自ら言わない限り、その子の居場所を取り上げては行けないことを申し合わせました。

 そして今キャンプを終えて感じることの中に、その子の存在の大きさがあります。我がままな子がひとり居てくれたおかげで、全員一度ならず、とっても我がままな自分になれたような気がします。自由とは、我がままな一面があり、その我がままを越えたところにあるのかもしれません。ひとつひとつを選び取り、また新しく産み出しながら明日を生きて行く力は、自由のいろんな側面を経験してこそ獲得することができるのでは、などと、またキャンプの日々を思い出しています。



2012.08.27

ますやんの悪童日記(7)

自由とは(能登島編)

 福島第一原発事故が起こり、この先も何十何百年と放射能汚染に悩まされながら、日本人は生きて行かなければならなくなりました。そんな中でも自由はあるでしょうか。自由の側面のひとつが自分の生き方を決めることだとしたら、世界がどんな状況だろうが、いつも自由だということになりそうです。このキャンプに参加した子どもたちに伝えたかったことは何かと問われるなら、ぼくは即座に答えます。「自由を謳歌しよう!」。

 余りあるほどの自由を思うがままに生きようとするのは、かなり骨の折れる仕事です。反対に束縛されていると思うと、それもまた自由ではない自分ばかりを見ることになりそうです。自由ほど扱いにくいものはありません。大体は、自分で自分を規制しているんですから。

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 FKキッズ交流キャンプ2012は、自由な時間がいっぱい詰まっていました。お話会、お絵描き、ツリークライミング、水族館見物などプログラムもそれなりに組まれていましたが、あくまでも子どもたちが思いのままに過ごせるキャンプにしました。眠りたいときは眠っていればいいし、もしかすると喧嘩さえもしたければそうすればよかったんです。でもそれらすべての自由は、キャンプの雰囲気が仲良しであることが大前提だったようです。その思惑は大きく外れてしまいました(とその時は思ってしまいました)。実行委員会のメンバーも協力スタッフも、子どもたちの逆襲に(笑)慌てふためいてしまったのです。

 問題はいつもひとりの子から始まりました。今から思うと、誰もがみんななんであんなに動揺したんでしょうか。たったひとりに子のために、みんな自由を自ら放棄してしまったかのようでした。あいつがこうだから、おれはこうなった。あの子が荒れるから、私も同じように荒れた。その様子を静かに見守っていたスタッフも、もしかするといたかも知れません。ただぼくにはそれに気づくゆとりが残念ながらありませんでした。代表が自由じゃない自由なキャンプなんて、まったくお恥ずかしいかぎりです。

 ある女性スタッフと話し込んだ夜、ようやくぼくは目覚めることができました。「手のつけられなかったわたしの息子が心の障がいだと診断されたときは、正直、ホッとしたのよ。障がいなんだから、仕方なかった、そう思えてね。あの子もね、もしかすると障がいかもしれない...」。ぼくはハッとしました。外側の見える姿でしか判断していない偏狭な目で子どもたちを見ている自分がとてもちっぽけに思えました。なんてこった。福島の子どもたちの笑顔と元気を応援し、さらには石川の子どもたちと友達になってもらいたい、なんてかっこのいいことばかり唱えながら、その中味たるやなんてことありませんでした。






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 目が覚めたその夜以降も、キャンプの間中葛藤が続き、あわよくば問題児に退場してもらいたいと思うことが何度となくありました。毎晩のミーティングがそうすることを思い留めてくれたようです。誰もが煙たがる子を排除していたなら、邪魔者は消せばいいのだと、ほかの子どもたちに教えてしまうことになったかも知れません。そして問題児は他でもない自分の中にもいることを、ついに知らないままで終わっていたかもしれません。自由を大きなテーマに掲げながら、いい形で終われたとは決して言えません。それぞれが有耶無耶を残したまま、つまりは宿題を抱えたまま家路についたかもしれません。ただこれから先の日々で、本当の自由とはなんだろうかと、考える自由意志だけは保障されています。ほとんどがまだ幼い子どもたちでしたが、もう少し後になってこの日記を読んでくれる日が来るかもしれません。その時のためにもここに書き残しておきます。

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 おい、みんな。怒鳴ることが多かったますやんだけど、思いっきりみんなと遊べたし、今思うと幸せなキャンプだった。ありがとう。でもありがとうついでに言っておくぞ。あの子が居てくれたおかげで、みんな真剣に腹を立てたし、みんなで戦争ってなんで終わらないんだって考えることもできた。いいかい、これからも諦めないで考え抜くんだ。よく考えれば、今日よりは明日へと、一歩ずつでも前に進めるかも知れない。みんなの周りを見てごらんよ。簡単にいっぺんに解決する問題なんて少ないだろ。だからゆっくりと丁寧に話し合って考えよう。みんなとそんなキャンプが出来て、ますやんはとってもうれしかった。またいつか会おうぜ!