ホリデイ・トレッキング・クラブ





南相馬で感じたこと
一柳 友広


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 先日、福島県南相馬市原町区で生活している方のお宅に3日間ほどお邪魔してきました。その町は地震と津波による自然災害、それに加え福島第一原発事故による人災の影響が”ある”町です。
 そこでの放射線量は0.2μSv/h胸部X線検診を一度行なうと50μSvですから、25時間(約1日)滞在するごとに胸部X線検診を一度行なうと同様の負担が人体にかかるという計算になります。この負担をどうとらえるかは個人の問題です。短い時間で






はありますが実際に生活をしてみて感じたことは、放射能による人体への影響があろうがなかろうが精神には相当な負荷が掛かるということでした。私自身過度な恐怖心を持ったりはしていませんでしたが、放射能の存在を忘れられた瞬間などありませんでした。頭の片隅にはいつも放射能の振る裾がちらちらと見え隠れしていました。
 街中で車を走らせていると除染作業をしているところを何度も見かけました。建物は高圧の水で洗い流し、表土や草木は剥ぎとっていました。建物を洗い流した水は環境省のガイドラインに「できる限り排水の回収を行なう」と明記されているはずなのに、当然のことのように排水は側溝に流されていました。表土や草木も回収こそしていましたが、回収先は山奥にある仮置き場でした。そこは白く背の高いバリケードが張り巡らされており、まるで敵からの侵入を防ぐ城壁のように見えました。そこへ山積みされた表土や草木を最終処理する場所はまだ決まっていないそうです。根本的な問題は何も解決されておらず、その場しのぎという印象を受けました。
 原町区は津波の被害も相当なものでした。津波の被害があった場所は多数ありますがそのような地域と原町区やその周辺地区との決定的な差は立ち入り禁止区域や、立ち入ることはできても居住することを許されていない地域が存在するということです。
 南相馬市で市議会議員をしていらっしゃる方の言葉が胸に刺さりました「町全体の人口は増加の傾向にあり、避難者が町に戻りつつある。しかし放射能の影響がないとは言えないために、一概に喜ばしいことだとは言えない」
 復興とは一体何なのでしょうか。”復興”という言葉を辞書で引くと「いったん衰えたものが、再びもとの盛んな状態に返ること」と記してありました。何事もなかったかのように震災前の姿へ再生することが正しいことなのでしょうか。
 東日本大震災が起こったことにより明らかとなった様々な問題点。福島は日本の進むべき道を指し示す羅針盤であると思います。ひとりひとりが意思を持って皆の手で舵を切り日本という船を進めたい。私もその一員でありたいと思っています。

2013.02.12(大学通信への寄稿文より)